ひと昔映画日記

素人の映画雑食日記 それこそ我が映画道

ナイロビの蜂(2005)

監督:フェルナンド・メイレレス

この映画は面白いとか面白くないとか、そーいう次元じゃなくて「観た方が良い」と感じる映画だったな。

扱うテーマがテーマなだけに知らずにいてはいけない気がするというか、そんな感じ。

前半と後半でかなりのモードチェンジ発生。
前半は主役二人の人柄や関係性をじっくり表現していて、それが後半のミステリーパートへの布石となっている。
正直なとこ、前半は若干退屈に感じる部分もあったんだけど、後半のたたみ掛けるような怒涛の展開には必要不可欠なんだと最後まで観ると納得。
我慢して観よう。

いや、映画観る時って可能な限り事前情報を入れないで観るもんだから、最初はこの夫婦の愛憎劇かよ?とか思ってまして、恋愛映画にしちゃダルイ展開だなぁ。。。なんて。
あんなに社会派ミステリーな展開になるとは思ってなかったんすよ。
その思い込みはマイナスだったな。
今回に関しちゃ最初から社会派ミステリーだと知っていた方が前半ももっと楽しめたはず。



主人公はケニアに赴任したイギリス高等弁務官ジャスティンとその妻テッサ。

よくありがちだけど正反対夫婦ってやつよね。
お互い自分に無いものを認めて惹かれあう。

テッサはジャーナリストかな?行動力があって意志も強くかなり情熱的な女性で、時に強すぎて旦那を追い詰めたりすることになったりもする。
戦う女の典型って感じよね。

ところで、テッサが妊娠中のセミヌードの映像があってこれが妙にリアル。
合成や特殊メイクにしちゃ出来すぎじゃね?
と、思って観終わった後調べてみたらやっぱり!
ほんとに妊娠してる時に撮影してたんだね!
お相手はダーレン・アロノフスキーらしい。


対するジャスティンは大人しくて穏やかで、思いやりはあるが多少事なかれ主義な一面も覗かせるような男性。

彼女が妊娠するとこくらいまでは平和なんだけどね。
最終的に死産になってしまうので、それ以降はテッサの元々の性分もあるけど益々仕事にのめり込むようになっていっちゃう。
なんだか、頑張るテッサが痛々しい。

それが災いして旦那に八つ当たりするようになってきたり、仕事のことで何か隠し事をしている様子が見受けられたり、彼女の浮気を仄めかすようなメールが届いたりするんだけど、旦那は事なかれ主義なので見てみない振りをする。
でバランスが少しずつ狂い始める。

そんな状況の折、二日間の出張の為にテッサが旅立つが、、、
二度と帰ってくることは無かった。
旅先で自動車事故で死んだって?
死の直後彼女の私物を押収しに来る警察。
そこで初めて、これはただ事ではないと気づく旦那。

彼女の死は事故ではなく事件に巻き込まれたもので、その原因は彼女が生前に仕事で調査をしていたことと関係があるのではと感じ、真相を突き止める為に行動する旦那の姿が描かている。
ここからモードチェンジへ向かって徐々に加速していく事になる。



↓ネタバレ

ぶっちゃけ彼女が調べていたのは大手製薬会社の不正について。
しかもその不正にイギリス政府の人間まで関わっていると来た。
そうなると、イギリスの公務でケニアに来ている旦那には殊更打ち明けられない。
敵がでかすぎる。。。
正に命懸けの調査で、真相に触れると彼女の傲慢な態度も致し方ないと思えてくる。
邦題であるナイロビの蜂っていうのは彼女の命懸けの訴えと繋がるところもあるわけだ。



そんで、その製薬会社の不正ってのが重い。。。。
新薬の副作用調査をアフリカ人を使って無認可でやっているという設定なんだもんよー。


当事者達は人体実験に使われている事など知らずに、副作用で亡くなれば人里離れた土の中に埋められる。
疫病、エイズ、紛争、飢餓、様々な理由で日々沢山の人達が命を落としているそういう国においては死の理由など、幾らでも挿げ替えができて真相を突き止められる可能性も低い。
そういう理由なんだろう。

実際こういうことが行われたことあるんだろな。。。と思うと更に重い。


結果的にかなり真相の部分に近づいてしまったため、テッサは始末されたのだった。

あれ程受身だった旦那がここに来て俄然能動的に動き始める。
そりゃそうだ。
奥さんが死んで、しかもそれが事故じゃなくて事件かも知れないとなったら誰だってそうだろう。

それに彼にしてみれば償いのようなものでもあるのだろうね。
彼の事なかれ主義設定かここで効いてくる。
様子がおかしいことには気づいていたのだから。
気づいていたのに掘り下げなかった。
そのことに対する後悔が彼を突き動かしていく。
そこまではよくわかる。

でも、その後はどうだろう?
彼女は既に亡くなっていて、これ以上踏み込めば自分も消されるかもしれない状況になった。
彼の性格も考えると正義感や復讐でそんな危険を冒して真相を突き止めようとするだろうかー?
と、漠然と違和感を覚える。


しかし、そこんとこの回収は見事でした。

調査をするにつれて、自分が彼女に対して抱いていた不信や不安が誤解であって、彼女は本当に自分を愛してくれていたし、守ろうとしてくれていたのだということがはっきりと浮き彫りになってくる。
そして、彼女を救えなかった事に対する後悔とは別の痛みと、生前以上に彼女を愛する気持ちが大きくなってゆく。

彼が本当に知りたかったのは、事件の真相ではなく彼女の心だった。
彼女の心の在処を知るため、理解するために、真相を突き止める必要があった。
彼にとっては、真相の追求は手段でしかなかったのねと思えた時、すごくしっくりと馴染む感じがあった。

彼女の生き様が誇らしく思えたのじゃないかな。
彼は最後にテッサの元に行く選択をするが、これは自暴自棄な自殺行為とは違う。
男女の恋愛という枠で収まるような類のもんじゃなくて、本当に大きくて深い愛の形が描かれている。
テッサは悲しいアフリカの現状に活動家として私心の無い愛を注ぎ、そんなテッサを更に大きな愛で彼女の思いごとジャスティンが包み込む。

彼女を理解し始めるようになってからジャスティンのインナーワールドに度々テッサが登場するようになってくるんだけど、これがまたね。
いいのね。

前半では勝気で勇ましかったり、イライラしたり、悲しんだりしているテッサが強調されていたけど、後半で登場するテッサは菩薩のように暖かくて優しい笑を湛えているわけ。
彼の心そのものだよね。

今はそんな実験行われていないと信じたいな。。。。

総評:☆☆☆☆
物語:☆☆☆☆
演出:☆☆☆☆
映像:☆☆☆
音楽:☆☆☆
役者:☆☆☆☆

<ジャンル>
社会派ミステリー

<お奨めの気分>
機会を作って観た方がいい映画