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ひと昔映画日記

素人の映画雑食日記 それこそ我が映画道

バッド・ルーテナント(2009)

アメリカ クライム 人生 2000年代 未評価

ニコラス・ケイジの演技がなんかもう、やけくそかってくらいすごい事になっているw

いや、いい意味、いい意味。

 

今回の彼は、表向きは半ば英雄として称えられるような実績を持つ優秀な警官という器でありながら、その実態はクスリのジャンキー、賭博のジャンキー、恋人は娼婦、警官とは信じたくないと思わされるほどの腐れ外道。

職権乱用しまくり放題の胸糞悪い輩です。

 

良心の呵責とかそういう類じゃないんだよね。

なんかこう駆り立てられるように悪事に手を染めているというか、生き急いでるように思えるというか、だから、どんだけやりたい放題でも、絶対満たされたりしない。

おかげで当人絶賛落ちぶれ中だよ。

流石に悪事も底をつくんじゃないかという程やり過ぎて、少しずつボロが、いや一気にボロがではじめる。

「悪いことは続く」なんてよく言うけど、まさにその通りで、ダッシュで下り坂を降り始めることになる。

そんな、大変痛々しい主人公を乗り移ったかの如く、ニコラスが怪演しとります。

 

↓ネタバレ

冒頭部分で、ハリケーン・カトリーナにより水没した警察署の中に置き去りにされた容疑者を救うっていうシーンがある。

その時のムチャが原因で腰を痛めておそらく一生治らないと医師から告げられる。

彼の自堕落ぶりがその事件をきっかけにしたものなのか?

それともその前からなのかが特に示唆されていないのでわからないが、

元から悪の類ではあったようだ。

 

だけど、そこの違いって結構印象の違いを生むことになるじゃない。

腰痛の苦しみ(物理的な痛み+腰痛が職務に与える影響の不安)から逃れる為に薬に手を出したとなっちゃ、見てる側にも同情の余地が生まれる。

だけど、元からのジャンキーなのだとすれば、容疑者を助けたこと自体が一体なんだったんだろうなって思わせる。

気まぐれか、それとも、そんな堕落した彼にも良心というものが残っているという証だったのか?

どう捉えるかで全体の印象もちょっと変わってくるよね。

 

しかも、一気にツケが押し寄せて来た事で、焦りと不安からますますジャンキーに。

もう、場所も種類も無差別な状態でお薬のお時間っすよ。

 

ジャンキーぶりが加速すると、幻覚症状と思しきものを見るようになる。

本人にしか認識できないイグアナの存在がかなりスパイシー!

あれ観るとやっぱなんかのメタファーかなって思いたくなるよね。

イグアナというと何となく変化とか変遷とか進化とかそんな言葉が思い浮かぶ。

周りの変化、環境の変化、状況の変化に対して魂だけが取り残されているということみたいな気がしちゃったんだな。 

 

この人の不幸ってなんだろうって思うとさ、やっぱり、どうにかなっているってことじゃないかと思えてくるんだよね。

これだけの悪事を働いていて、しかもとんでもない事件に巻き込まれたり、巻き起こしたりしても尚、最終的なところでは、なんとかやり過して来ている。

 

最後の方なんてむしろ、真逆であらゆる事が突然好転し始めるんだ。

そういうのって、素直に喜べるとは限らないって思った。

逆に恐ろしいかもしれないね。

例えば努力して、それが報われていい事が起こる。

それってきっと、素直に喜べることだろうと思う。

 

だけど、そうじゃない、散々悪いことして、たくさんの人を傷つけたり騙したりして、しかも、死人まででてるのよ。

それなのに人から感謝されるような事態になったら?

切り替えられるだろうか、ここから新しく自分は再スタートするんだ!!なんて思えるだろうか?

 

彼の最後の行動は本質的な自分だけが取り残され、現実が独り歩きしている事への反逆のように思えて仕方がなかった。