読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひと昔映画日記

素人の映画雑食日記 それこそ我が映画道

豪傑児雷也(1921)

少しお勉強の時間です。

残念ながら1001には日本のサイレントはエントリーされてませんので、日本のふっるーいサイレントてどんなだったんだろうってのを、ちょっと観ておこうかな。

 

その前に軽く日本のパブリックドメインについて。

日本では映画の公開から70年+映画監督の死後38年の両方の条件を満たして初めてパブリックドメインとなります。

※つまり長い方を適用するって事

 

 

大島渚監督の場合

闘病生活が長かったですから最後の作品(1999年:御法度)から先日お亡くなりになるまで14年の開きがあるので、大島監督の場合は死後38年後である2051年に一斉にすべての作品がパブリックドメインになるってことみたいですね。

 

黒澤明監督の場合

お亡くなりになったのは1998年で、最後の作品は(1993年:まあだだよ)になるので、亡くなる5年前まで映画を作っている事になる訳ですね。

1985年に公開された「乱」までの作品は、2036年に一斉にパブリックドメインになりますが、残りの「夢」「八月の狂詩曲」「まあだだよ」の3作品は公開70年後にそれぞれ別々にパブリックドメインになるのですね。

 

 

話を戻そう。

 

この映画は、牧野省三さんという日本映画の父と言われている人が撮った作品でこの方の映画は既に全てパブリックドメインですから、ネットで探すと視聴できます。

※因みにこの人の曾孫の牧野アンナさんという人は安室奈美恵ちゃんと一緒で初期スーパーモンキーズのメンバーだったりしまして、芸能一家のようです。

 

ということで早速探して観てみました。

日本映画ですから、海外のサイレントよりずっと理解が及ぶもんだと思っていたのですが、、、。

大間違いですw

全然話わかんないのw

なんじゃこりゃ?ってことでちょっと調査。

 

素人考えレベルの調査なので誤りがあるかもしれないけど。 

 

海外と日本のサイレント映画には実は決定的な違いがあるらしい。

 

海外のサイレントってのは、映像の動きと合間に差し込まれるテキストショット部分だけで内容が理解できるように作られているんですね。

実際の劇場ではオーケストラとかピアノでシーンに合わせて伴奏を入れるというのが常套スタイル。

なので、今視聴出来るサイレント映画なんかは多分後から音楽が足されていて、映像に合わせて何かしら曲がかかっているのが普通って感じ。

ということで、外国映画の場合はテキストショット部分さえ訳せばだいたい頭に入るようになってるんだね。

 

対する日本のサイレントは、テキストもちょっとはあるんだけどそれだけ見ても何が何やらなんですよ。

私、日本語わかんなかったけ??とか自信喪失しかけましたがw

そういうことでもなく、日本のサイレント映画は弁士と呼ばれる、言わば「生ナレーション屋さん」みたいな人が劇場にスタンバっていて、その弁士さんが映像に合わせて内容を説明してくれるんですね。

だから、多くのテキストを用いて説明する必要がなかったのだそうです。

それ故、今映像だけ観たところで???となっちゃうわけですね。

但し、この映画については話の内容よりもチャンバラアクションが見せ場なので別に内容はわかんなくても平気です。

 

不思議なのは、当時の日本は世界でも希に見るほどの高い識字率を有していたらしいので、だったらテキストショットいっぱいつければそれで済んだんじゃない?

って思っちゃうところなんだよね。

 

脱線しまくりだけど、識字率について武士だった人達は当然読むだけじゃなくて書くのも出来て当たり前。

庶民でも、50%くらいの男性は読み書きができたそうで(女性はやっぱもっと低かったみたいだけど)世界的にもかなり高い数値らしいです。

この時代の欧米諸国は戦略的に労働者階級には読み書きを教えない(余計な知恵をつけられると面倒ってことなんだろう)という風潮が強かったのもあり、日本よりずっと進んでいる国の方が逆に識字率が低かったそうな。

 

そう考えると、サイレント映画なんてもの初期の頃は一部の上流階級向けの娯楽だったんだろうか?

ま、それはまた今度。

 

 

で、話を戻すとw

日本におけるこの弁士さん達の存在やその活躍ってのは、昔ながらの文化に強い影響を受けているらしく、浄瑠璃や歌舞伎なんかでは見世物に対して説明するナレーション役のポジションが昔からあったんだって。

だから映像であってもやっぱ広い意味では見世物だし、そういうモノには解説役がいて当たり前よね~という風潮からこの職業が生まれたらしいのです。

当然トーキーの台頭と共に消えていく運命なのですが、、、

 
人気の弁士さんの一人に須田貞明さんという方いらっしゃいまして、とても優秀な人だったらしいのですが、トーキーが輸入されて来た時に、職を失いかけた弁士側がストライキを起こします。
その、代表として彼が選ばれるのですが、思ったほどの結果が出なかった事から仲間の弁士達にバッシングされてしまうんですね。
それで結局自殺してしまうんです。
まだ27歳だったそうで、本名を黒澤丙午さんと言いあの黒澤明監督の実のお兄様だそうです。
優秀というのも考えものなのですかね。。。

代表などになっていなければバッシングされることもなかったでしょうし、選択の自由もあったかも知れませんね。

実際弁士さんてのは口が達者な職業ですから、サイレントの衰退に合わせて司会業などに転身される方も沢山いらしたようですから。

 

 

さてやっと作品のお話ですが、結局そんな訳で内容はさっぱりわかりませんでしたw

調べればきっとあるだろうけど、ま、いいわ。

この児雷也(じらいや)っていうのは、元々1800年代の初めに生まれた自来也っていう忍者キャラが派生して出来たみたいで、デカいヒキガエルを口寄せ出来るってのが特徴らしい。

今でも漫画やゲームで忍者が登場する際にはちょくちょく引用される忍者の代表的なキャラのようですね。

 

でね、忍者っていうとやっぱ、ほら、ドロンってしたりするトリック満載の動きをするっていうのが昔ながらの創造上のイメージじゃない。(本物はもっと地味らしいけど)

映像の中でもやってますね、煙がボワンと湧いたかと思うと消えていなくなったりとか、口寄せしたデカガエルが突然飛び出してきたりとかね。

あっ、メリエスっぽい。って思いました。

彼は月世界旅行でも書いたけど元々奇術師で、そういうトリックっぽい映像が特徴だったので、メリエスの映画からヒントを得ているのかなっていう感じがしました。

歴史の一端を観た気分になりますね。

 

しかし、まぁ、足がみんな短いw

(時代物なので、かつらのせいも多分あるだろうけど)

いや、申し訳ないんだけどちょっと気持ち悪い感じがするというか、不自然に感じてしまうくらい今とは全然違う体型なんですもの。

たった100年の間で日本人の体ってのは随分と変化したのだなぁ。